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「古池や芭蕉飛びこむ水の音」
私がこの句をはじめて知ったのは、昭和五十八年七月であった。この頃、書店で「ちはやふる奥の細道」(W・C・フラナガン 小林信彦訳 実は作者=訳者 新潮社)を求めて読んだ。その中で紹介されている仙(一七五○〜一八三七 美濃の生れの禅僧)の狂句だが、この本はなんとも珍妙な本である。この書物は奥の細道のパロデイ(こっけい)で読者を楽しませてくれる。
たとえば次の記述である。「松尾芭蕉は生前のみならず、死後三百年に近い今日まで、日本の、いや世界中の俳句界に君臨している。現在残されている彼の肖像画は、やつれたピーター・ユスチノフのようなものと、中年のハンフリー・ボガードに似たのとがあるが、私は、芭蕉の生き方は、ハードボイルド映画のボガードに通ずるものがあるように思う。(ボガードの「カサブランカ」いいですね、バーグマンもいい。)
The old pond ; (古池に)
A frog jumps in,― (蛙が飛び込んだ=ジャンプした)
The sound of water. (水の音がした)
The old pond―
A frog leaps in,
And a splash.
An old quiet pond…
A frog jumps in the pond,
Splash! Silence again.
ざっと頭に浮かぶだけで、彼の{古池や蛙とびこむ水の音}には、このような訳がある。三つ目は、アメリカの小学生用の訳である。」(同書一五〜一六頁)
また芭蕉忍者説の説では「芭蕉、幼名・松尾金作は、忍者の子として、あらゆるテストに落第したのである。そして、このように見るとき、例の{古池や}の句は、まったく違う意味を帯びて見えてくるであろう。
古池や蛙とびこむ水の音
古池や蛙とびこむ水の音
そこには、{水ぐも}をひっくりかえして、池に沈んでしまった{不甲斐ない、忍者の子}のコンプレックス、トラウマテズム精神的外傷の叫びがひそんでいる。(この場合、蛙はむろん芭蕉自身をさしている。第二次大戦中、われわれも水中の勇士を{フロッグマン}と呼んだはずである。)
もう少し、例をあげてみよう。
A cloud of cherry-blossoms ;
The temple bell,―
Is it Ueno, is it Asakusa ?
(花の雲 鐘は上野か浅草か)
鐘の音を聞いただけで、どきっとして、あれは上野からきこえてくるのか、はたまた浅草か、自分はとっさに判断する才能が欠けている、と想い悩むところに、忍者に失格した男のコンプレックスの深さがみられる。おそらく、彼は鐘の音の方角の見当がつかなかったにちがいない。
How many, many things
They call to mind,
These cherry‐blossoms !
(さまざまの事おもひ出す桜かな)
ついに、彼は桜を見ただけで、かって自分が鐘の方角の見当がつけられなかった記憶に苦しむようになってしまっている。」(同書二三頁) この書は万事このようなギャグとパロデイで綴られている。
芭蕉忍者説と水戸藩は不即不離の関係にあるので、登場人物も徳川綱吉、水戸光圀、すけさん、かくさんこと佐々介三郎、安積覚兵衛 はては柳沢吉保に通じていたといわれる藤井紋太夫も出てくる。
それから、芭蕉のフイクションといわれる市振の遊女の場面は次のような記述になっている。
「『奥の細道』のハイライトシーンと研究家たちに呼ばれるのが、天河の句の次に出てくる市振の遊女のエピソードである。
越後路を越えて、市振に着いた芭蕉は疲れ果てていた。枕を引き寄せて眠ろうとすると、若い女二人の声が聞こえる。老人の声も聞こえるので、じっと聞いていると、女たちは新潟の娼婦であった。老人は新潟へ帰るといい、女たちは、伊勢参宮をする自分たちの身のいかにはかないものか、前世の業のいかに罪深いものであったかを悲しんでいる。それを聞きながら、芭蕉は眠ってしまった。」
それにしても世界中で俳句が詠まれている。日本人の感性が「俳句」に会っているから、「俳句」の体をなすのだろうに・・これを英訳しても何の感興も湧くはずがない。
お遊びと思えばいいのだろうね・・・
続きは明日です・・・
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